月光仮面を愛した、ある男の生き方・・・。
筋は必ず通す、金は貸しても借りない
などを信条としており「喧嘩康範」の異名を取るほど妥協しない性格で
知られる川内康範氏が今月6日肺炎のために入院していた地元青森・八戸市の
病院で慢性呼吸不全で亡くなった。(88歳)
森進一の「おふくろさん」騒動で、作詞家として偉大なヒトである事しか知らない
世代である自分。改めてどんなヒトだったのか調べてみる。
福田康夫首相からのコメントもあるように、政治評論家としての顔を持ち政界との
つながりが深く、歴代総理のプレーンを努めていたと言う噂も。
海外抑留日本人の帰国運動や戦没者の遺骨引き上げ運動を早くから行った活動家
であった彼は、この活動を通じて政財界との関わりを持つようになったと言われる。
芸能面では、あまりにも沢山の映画脚本・原作・歌の作詞などで活躍をされていた
ので調べることを断念!(諦めは潔く)
唯一解りやすい所で言えば【月光仮面】の生みの親。
映画の原作・脚本・監督・作詞などなど全てに関わるなど正義のヒーローには
かなりのこだわりを持っていたことが伺われる。
そしてもう一つが【日本むかし話】の監修をスタート時から
ずっと続けていた事。(コレ↑大好き)
う〜ん。歌に愛を感じまっす!!
あの『坊や』が口に出してはいけない例のあのヒト・通称姉上(長いよっ!)に似てると
言って怒られた淡い思い出が・・・・。
これだけでも【愛】や【仁義】【正義】などヒトとしての生き様に【強い情念】を持って
駆け抜けてきた人生のようにも思えます。
そんな彼が半生一番かわいがっていた森進一を最後まで許さなかった裏には
何か『筋の通らない』許せない『心ない仕打ちを受けた』ようにも思える・・・。
【以前テレビで康範氏が語った独り言。】
病床にいた盟友である作曲家を励ますためにも、彼と二人で新しく作った
曲を森進一に歌って欲しいと頼んだところ、断っただけでなく、わざわざ足を
運んだ恩師である自分にも会うこともなかった・・・・冷たい人間であると。
その他、マスコミでよく流れる「わざわざ謝罪の日取りを自分から申し出たにも
関わらず、体調不良ということで突然ボイコットした」話も有名。
点滴付けながら車椅子に乗って会いに行けば良かったのに・・・感動秘話だよ?
芸能人はパフォーマンスが命です。
まぁ、その場の状況もよく知らない上、一方的な話からどちらがどうとは言えないと
思いますが、今回の訃報に寄せた森進一のコメントからは、歌手人生のスタートから
の大半を面倒みてもらった恩師の死に対し『残念』という言葉だけではいまいち
感情が解らない。↓↓↓(記事)
森進一さん「私の思いの至らなかった部分も」 川内康範さん死去
自分の事を『不器用な人間』と言って言葉足らずを言い訳するが、60にもなる
オッサンなら、不器用な言葉でも【思い】があれば伝わることくらい知っていそう
だけどね・・・・。
伝える気がなかった事を見透かされていたとしか思えません。
(すいません・・・何だか義理だとか人情だとか筋だとか、話だけ聞いていると、
どうしても興奮してしまいます・・・落ち着け自分)
信頼は一度失うと取り戻せない・・・まさにそんな感じですね。怖いな・・・。
でも逆に川内康範氏の『筋を通す』というストイックな強い生き方は時には
自分をも苦しめていたんじゃないかな〜と思います。
もっと楽に生きれたら・・・いやいや、やっぱりコレが彼の生き方だったんですね。
ご冥福お祈り申し上げます。
ご訪問ありがとうございました。ただいまランキングに参加中。
よろしければお帰り前にお願いします☆
などを信条としており「喧嘩康範」の異名を取るほど妥協しない性格で
知られる川内康範氏が今月6日肺炎のために入院していた地元青森・八戸市の
病院で慢性呼吸不全で亡くなった。(88歳)
森進一の「おふくろさん」騒動で、作詞家として偉大なヒトである事しか知らない
世代である自分。改めてどんなヒトだったのか調べてみる。
福田康夫首相からのコメントもあるように、政治評論家としての顔を持ち政界との
つながりが深く、歴代総理のプレーンを努めていたと言う噂も。
海外抑留日本人の帰国運動や戦没者の遺骨引き上げ運動を早くから行った活動家
であった彼は、この活動を通じて政財界との関わりを持つようになったと言われる。
芸能面では、あまりにも沢山の映画脚本・原作・歌の作詞などで活躍をされていた
ので調べることを断念!(諦めは潔く)
唯一解りやすい所で言えば【月光仮面】の生みの親。
映画の原作・脚本・監督・作詞などなど全てに関わるなど正義のヒーローには
かなりのこだわりを持っていたことが伺われる。
そしてもう一つが【日本むかし話】の監修をスタート時から
ずっと続けていた事。(コレ↑大好き)
う〜ん。歌に愛を感じまっす!!
あの『坊や』が口に出してはいけない例のあのヒト・通称姉上(長いよっ!)に似てると
言って怒られた淡い思い出が・・・・。
これだけでも【愛】や【仁義】【正義】などヒトとしての生き様に【強い情念】を持って
駆け抜けてきた人生のようにも思えます。
そんな彼が半生一番かわいがっていた森進一を最後まで許さなかった裏には
何か『筋の通らない』許せない『心ない仕打ちを受けた』ようにも思える・・・。
【以前テレビで康範氏が語った独り言。】
病床にいた盟友である作曲家を励ますためにも、彼と二人で新しく作った
曲を森進一に歌って欲しいと頼んだところ、断っただけでなく、わざわざ足を
運んだ恩師である自分にも会うこともなかった・・・・冷たい人間であると。
その他、マスコミでよく流れる「わざわざ謝罪の日取りを自分から申し出たにも
関わらず、体調不良ということで突然ボイコットした」話も有名。
点滴付けながら車椅子に乗って会いに行けば良かったのに・・・感動秘話だよ?
芸能人はパフォーマンスが命です。
まぁ、その場の状況もよく知らない上、一方的な話からどちらがどうとは言えないと
思いますが、今回の訃報に寄せた森進一のコメントからは、歌手人生のスタートから
の大半を面倒みてもらった恩師の死に対し『残念』という言葉だけではいまいち
感情が解らない。↓↓↓(記事)
森進一さん「私の思いの至らなかった部分も」 川内康範さん死去
自分の事を『不器用な人間』と言って言葉足らずを言い訳するが、60にもなる
オッサンなら、不器用な言葉でも【思い】があれば伝わることくらい知っていそう
だけどね・・・・。
伝える気がなかった事を見透かされていたとしか思えません。
(すいません・・・何だか義理だとか人情だとか筋だとか、話だけ聞いていると、
どうしても興奮してしまいます・・・落ち着け自分)
信頼は一度失うと取り戻せない・・・まさにそんな感じですね。怖いな・・・。
でも逆に川内康範氏の『筋を通す』というストイックな強い生き方は時には
自分をも苦しめていたんじゃないかな〜と思います。
もっと楽に生きれたら・・・いやいや、やっぱりコレが彼の生き方だったんですね。
ご冥福お祈り申し上げます。
ご訪問ありがとうございました。ただいまランキングに参加中。よろしければお帰り前にお願いします☆
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